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節約コラム「実は浪費家だった私」

今でこそ節約、節約と騒いでいますが、実は若い頃の私はバリバリの『浪費家』でした。

節電浪費家だった学生時代

中学生までは親からのお小遣いしかありませんでしたから普段の生活では浪費と呼べる行為はしていませんでしたが、お年玉はきっちり1月中に使い切っていました。

高校生になると速攻でアルバイトを始め、お金を稼ぎまくりましたがそれも全ては「遊び」と「趣味」の為。当時はバンドブームで、私は友達とバンドを組んでギターをやっていたので、当然ギター代にアンプ代、そして練習のスタジオ代の費用がかかりました。

友達との遊びといえば、カラオケ(当時は全盛でしたね)にビリヤードとやはりお金のかかる遊びばかり。あまり大きな声ではいえませんが、高2の時に酒とタバコをおぼえてからはますます金使いは荒くなり、そして誘われると断れない性格も手伝って、稼いだお金はこれまたきっちりと使い切っていました。

節電専門学校時代、やりくりせざるを得ない状況に

進学となった時に、大学に行くオツムもなかったので、作文のテストだけで入れるデザイン系の専門学校を希望しました。

しかし、親は大学進学を希望していたので反対され「専門に行くなら自力で行け」と言われてしまい、入学金や月々の学費を負担する事になってしまいました。(一応高校が進学校だったんで親は大学に行くものと自然に思い込んでいたようです。)

とは行っても稼いだお金をきっちり使い切ってきた私に貯金なんてものがあるわけもなく、とりあえずは親から借りて、専門に通いながらバイトをして返済していく事になりました。(親子だから甘くみてくれるかと思ったら、マジでした。)

喫茶店でバイトをして月に8万〜9万を稼ぎましたが、毎月学費の返済で6万〜7万近くが消えていき、残りの2,3万で専門学校の学生生活をやっていかなくてはならなくなりました。

もっと稼ごうと思っても学校の課題も多く、これ以上バイトに時間を割く事もできず、稼ぐだけ稼いで使い切っていた私としては非常に辛い2年間でした。しかし、今思えばこの辛い専門学校の2年間が結果的には『浪費家』から『節約家』へと私を変身させる大事な土台を産む時期となっていたのです。

つづく

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